最高裁判所第三小法廷 昭和27年(オ)268号 判決
論旨は、昭和二十四年一月一八日附二四開第六三号農林次官通達「開拓適地選定の基準に関する件」が法令であると主張し、右通達が法令であることを前提として、本件未墾地の買収計画及び適地選定の方法等が右通達に違反すると主張し、この点に関する原判決の判断を非難するのである。しかしながら、右農林次官通達は、農林省令の形式によるものでないのみならず、農林次官に法令を制定する権限がないのはもちろん、また、自作農創設特別措置法その他の法律で、かかる事項について法令を制定する権限を行政機関に委任した規定もないのであるから、所論のように、右通達を法令と解することはできない。右通達は単に農林次官が農林大臣の補助機関として、関係行政機関に対し、権限行使の指針を示したものというよりほかはない。従つて土地の買収計画が右通達に違反して定められたからと言つて違法の問題を生ずることはなく、また、通達の示す基準に適合していたからと言つて直ちに買収が適法であるとも言えない。買収計画の適否はもつぱら法律の規定及びその趣旨に適合しているかどうかによつてのみ判断すべく、通達に適合するかどうかについて判断すべきものではない。
もとより、未墾地の買収が自作農創設特別措置法一条三〇条等の趣旨にそわず、同法の目的達成に必要でない土地まで買収することは違法であり、耕作者の地位の安定、自作農の創設、土地の農業上の利用増進、農業生産力の発展等に不必要な土地まで買収することは違法であるが本件土地が開拓に適する土地であることは原判決の確定するところであつて、本件買収計画は同法の趣旨にそうものと言うべく、これを違法であるということはできない。以上のとおりであるから論旨の前記通達違反の主張は結局理由がないものと言わなければならない。
以上説明のほか、論旨は、原判決の採証の法則違反等を主張するのであるが、「最高裁判所における民事上告事件の審判の特例に関する法律」(昭和二五年五月四日法律一三八号)一号乃至三号のいずれにも該当せず、又同法にいわゆる「法令の解釈に関する重要な主張を含む」ものと認められない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判官 井上登 島保 河村又介 小林俊三 本村善太郎)
上告代理人弁護士水戸野百治の上告理由
第一、第二審判決は法令の解釈適用につき重要なる誤がある。
一、第一審判決は添付目録第二の(一)及(二)の土地は昭和二十四年一月十八日附二四開第六三号農林次官通達「開拓適地選定の基準に関する件」(以下単に「選定基準」と略称)第九林業の項「天然林人工林の如何を問はず他に稀な林相や品種であるために特別の価値を持つ優良林若くは利用上他にかけがえのない優良林は特殊優良樹林として国民経済的観点から特に存置を要すると認められるものについては開拓適地に選んではならない」が定められて居り更にその「註二一」に「国民経済的観点とは地方的な特殊優良林であつてもこれを存置することが国民経済的に必要である場合を含むものである」と示されている。従つて右認定のように当造林地の主要部分が北海道において道南地方にのみ成育し得る杉であつて、その成長量は同地方の他の森林に比べて極めて旺盛な優良人工林であり、且つその樹齢はから松が十二乃至十四年生杉が十六、七乃至三十二年生であつて(この点は当事者間に争がない)未だ利用径級に達しておらず成長の途上にあり治山治水上も重要な存在意義を有する。
以上これ等の点を綜合的に観察してこれを開拓して農地とするよりはむしろ林地として存置することが土地の高度利用として国民経済的に必要であり、北海道における地方的な特殊優良林として存置さるべきであつてこれに対する訴外北海道農地委員会の買収計画並に被上告人(被告)の訴願裁決も違法であつて取消さるべき趣旨を判示せられた。
二、然るに第二審判決は「本件地上の杉及から松の樹林が「選定基準」第九にいわゆる特殊優良樹林に該当するかどうかの点を検討する。
そもそも「選定基準」第九にいう特殊優良林とは天然林、人工林の如何を問はず(一)その林分が他に稀な林相や品種の優良林であるか(二)またはその林分が特殊の工芸用途があるために特別の価値をもつ優良林であるか(三)若しくはその林分が利用上他にかけがえのない優良林であることを要するのであつて右の(一)(二)(三)のいずれかの要件をそなえていなければいかに生育状況が優良であつてもこれを特殊優良林というわけには行かないのである。
而してその林分が他に稀な林相や品種の優良林とは森林の構成状態が他にあまり類例を見ない立派なもの、またはその品種がわが国特有のもので林業上または学術研究上わが国に存置する必要あるものを指すと解すべきである。これを本件について見るに………
本件地上の杉及から松はいづれも生育に非常なむらがあり且つ管理不充分なために最も優良な生育状況を示している部分においてさえそれに相応する優良な林相を示すまでにはいたつておらず森林の構成状態は北海道内の他の樹林と比較してさえ特に優良だとはいわれないし、品種としてもわが国特有のもので林業上または学術研究上わが国に存置する必要あるものとは認められずもとより特殊の工芸用途があるために特別の価値をもつ優良林にも利用上他にかけがえのない優良林にも属しないものと認められる」と認定し更に上告人等の本件樹林が「地方的特殊優良林」であることの主張に対し「選定基準第九に於て開拓適地に選んではならないとされるのは、いわゆる特殊優良樹林に該当する林分のある土地であることを前提とし、かかる土地でしかも国民経済的観点(註二一国民経済的観点とは地方的な特殊優良林であつてもこれを存置することが国民経済的に必要である場合を含む)から特に存置を要すると認められるものである。すなわち本件の場合のように特殊優良林に該当しない林分のある土地については右の国民経済的観点、したがつて註二一の問題を生ずる余地がない」と判示せられている。
三、然しながら前記第二審判決(以下単に原判決と略称)は法令の解釈適用につき重要なる誤がある。
(1) 本件土地の買収計画は自作農創設特別措置法第三十条に基くものであることは当事者間に争がなく右法条は単に「政府は自作農を創設し又は土地の農業上の利用を増進するため必要であるときは左に掲げるものを買収することが出来る」旨定めその第一号乃至第九号に買収の対象となるべき土地が列挙せられている。然しその規定極めて抽象的である為め、未墾地買収に当つて山林か未墾地かの紛争多く、殊に政府当局は軍司令部の強固な指示に基き農地開発に急の余り未墾地の買収に行き過ぎが多かつたのでこれを是正せんが為め昭和二十四年一月十八日附前記「選定基準」が農林次官通達を以て訓令されたことは被上告人主張の通りである。(第二審判決五枚目裏(2))
(2) 右「選定基準」は法令と解すべきか単に行政機関内部の行政事務運営上の準則を定めた訓令と解すべきかについては原判決は何等の判断を示していない。然しながら証人佐々木即の証言に徴し又「選定基準」制定迄の前記経過と自作農創設特別措置法(以下自農法と略称)第三十条、同法施行規則第十四条に依拠して制定された点に鑑み(被上告人の主張)自農法の解釈運営を補足する法令と解すべきである。
(3) 而して原判決は選定基準第九林業の項には「特殊優良樹林」としての林分を有する土地を開拓適地として選定するに当つては慎重を期し国民経済的観点から特に存置することを要すると認められるものは開拓適地に選んではならないとの趣旨を解し当該土地の林分が先づ「特殊優良林」であることを前提し、それが「国民経済的観点」から特に存置を要するものと認められなければならないと判示している。けれどもその註二一には「国民経済的観点とは地方的な特殊優良林であつてこれを存置することが国民経済的に必要である場合を含むものである」旨が示されているのであつて右選定基準第九の本文と註二一とを綜合すれば全国的に一般知名な特殊優良樹林には該当しないが、地方的な特殊優良林と認められる林分を有する土地を開拓適地として選定するに当つても特に慎重を期し第九林業の第一号「特殊優良樹林」に包含して国民経済的観点から開拓適地に選んではならない趣旨であることは極めて明瞭である。
(4) 原判決は「特殊優良林」の具体的例として木曾の御料林、青森のひば林、秋田の杉林等日本の三大美林といわれているものの如きが「他に稀な林相」に該当し特殊優良樹林と認めて之れが存置を図るべきであるとする被上告人の主張並に之れが証拠として第一審及原審に於ける証人佐々木即の証言を採用せられているが地方的な特殊優良林も包含せられるものである点を看過したのは法令の解釈適用に重要なる過誤がある。
(5) 本件樹林が原判決の特殊優良林の解釈(一)に掲げる「その林分が他に稀な林相」に該当すること、及び杉は北海道に於て道南地方にのみ成育する樹種であり大野村はその最適地の一であつてその成長量も同地方の他の森林に比べて極めて旺盛な優良人工林であることは第一審判決がその理由に於て判示する通りである。
殊に原審検証調書に依れば「検証の結果」の冒頭に於て「……全山杉及唐松等の樹林地帯で函館湾に凌ぐ大野川の支流文月川を挾んで南方約一粁に文月の山林が北方約三粁に向野の山林が鬱然たる樹海をなしているが………」との記載及第一現場(文月の山林地帯)の検証の結果は「杉立木の地上より約五尺の高さの点の太さは目通り約四寸乃至六寸にしてその高さは地上より烏止りまで約四十尺乃至五十尺位ある」との記載に徴しても如何にその成長量旺盛であり優良人工造林地であるかを原審裁判所自ら検証の結果認定せられながら之れを「稀な林相」として特殊優良樹林とは認められないとするのは甚しき矛盾である。
原判決は単に被上告人提出の証拠殊に北海道の事情に通じない鑑定人鈴木尚夫の鑑定、林業についての知識経験に乏しい証人佐々木即の証言を採用し「他に右認定を左右するに足る証拠はない」として上告人提出の北海道の林業界の権威者である第一審鑑定人金森功成の鑑定、証人高野光彌、西原照光の各証言、第二審に於て、本件樹林所在地である道南地方の山林事情に精通し権威を有する鑑定人日比野宏(函館営林局経営部長)の鑑定、証人大島小謹吾の証言成立に争のない甲第四号証の一乃至一〇(林相写真)の各証拠により明であるに拘らず之れを検討しなかつたのは、採証の法則を誤つたものと謂はなければならない。
以上要するに原判決は「選定基準」に定めている「地方的な特殊優良林であつてこれを存置することが国民経済的に必要である場合を含む」とする註二一の解釈を誤り本件樹林を地方的な特殊優良林と認定しなかつたのは法令の解釈適用に重要なる誤謬があると謂うべきである。
第二、原判決は採証の法則を誤つた違法がある。
一、治山治水の主張につき。
(1) 原判決は上告人等の本件山林は治山治水上欠くことができない旨の主張に対し「本件山林のうち文月川ガビノ川に集水されると推定される面積はそれぞれ約一町九反及約二・五町乃至三町程度でありこれ等の河川の流水量はその大部分が本件土地よりはるかに上流の集水区域から供給されているからこのような下流に位する小面積の山林が水源涵養または流水量調節の作用に重大な役割をもつとも考へられず本件山林の伐採は治山治水に殆んど影響なく土地保全の目的に支障がないことが認められる」と判示せられている。然しながら
(2) 原判決別紙目録第二の(一)(二)の山林は大野川文月川の上流に位し右河川は渡島平野の穀倉と称される大野村水田地帯二千町歩をうるおしているのであるが戦時中その流域の樹木が濫伐された結果屡々河川の氾濫と渇水の被害を受けて居り更に右山林が買収されて伐採されるならば一層その被害が甚大となることは明である。従つて大野村に於ては右山林を「備えの林」「村育ての林」としてその存置を熱望している実情であることは第一審証人本村丈太郎第一審及第二審証人神谷如意、上告人稲川広光の各供述及右陳述によつて成立の認められる甲第三号証(陳情書)の記載によつてこれを認めることが出来る。更に第一審の鑑定人金森功成の鑑定の結果に加へて原審鑑定人日比野宏の鑑定書にも「大野村……の耕地面積は隣接七飯村と共に渡島檜山支庁管内でも首位に位すると共に道内の有数米産地として知られ畑作としても消費都市函館をひかへて重要な生産地であり大野村一、一〇〇戸、一〇、二六〇人の大半が此れを生業として生活を営んでいる。斯る現況にかんがみ水源がおびやかされ又は氾濫の危惧あるは地方経済上ゆゝしき問題である。……」と記載され本件山林が治山治水上極めて重要な役割を果していることが明瞭である。
(3) 又原判決目録第一の(一)及(二)の山林も亦ガビノ川の流域に近く南大野村水田百三十町余の用水を供給する該河川の氾濫と渇水の危険を防ぐに重要な役割を果しているばかりでなくさらに文月川、ガビノ川はともに大野村水田地帯二千町歩余をうるおす大野川にそそいでおりこれらの河川を大野村民は「恵みの川」と称してきたのである。ところが戦時中その流域の樹木が濫伐された結果屡々河川の氾濫と渇水の被害を受け爾来村民は「魔の川」として恐れその復旧対策に腐心している実情でさらに本件山林が買収され伐採されるならば一層被害が甚大となることは明であることは前記(ロ)掲記の各証拠に照し之亦明白に認定し得るところである。
(4) 自農法の精神はその第一条に於て「耕作者の地位の安定」「農業生産力の増進」及び「農村の民主化」に在ることが明示せられている。右法律に基き本件山林を未墾地として買収することにより既墾の水田畑地が河水の氾濫と渇水によつて経営が破壊せられ永年辛苦艱難の耕作者がその地位を失い、農業生産力は減退し、ひいては他を恨んで弱肉強食の事態すら惹起する虞れある実情に鑑みるときは本件買収は政府が徒に開拓の一面にのみ拘られて自農法の前示精神を忘却した不当違法の措置と謂うべきである。
二、現地調査主任の資格について。
(1) 選定基準の二、調査の実施(イ)には「現地調査の際の主任者は訓練された技術者であつて専門学校若くは大学で農業若くは林業の学科を専攻したもの又は農林関係の実業学校を卒業後三年以上農林技術の実務の経験あるものでなければならない」と定め開拓適地選定の重要性にかんがみその調査主任者の資格と経験につき詳細厳重なる定めを為している。
(2) 上告人は本件買収地の現地調査主任者は北海道開拓部勤務地方技官西野政志であり同人は法政大学附属の中等程度工業学校土木科を卒業後軍に入営し昭和二十年十一月二十八日北海道庁に採用され本件買収地についての第一回の調査は同二十三年九月頃同人が為したものである(同人の第一審第二審に於ける証言参照)から前記選定基準が定むる資格要件を欠くこと明である。従つて同人の為した調査に基く本件買収は違法であると主張した。
(3) これに対し原審判決は「当審証人西野政志、斉藤亀五郎、佐藤祿太郎の各証言乙第三号証の一乃至七及弁論の全趣旨を綜合すれば本件現地調査の際の主任者は土地調査選定係長地方技官弓田晃(北海道大学農学部卒業)であり同人自ら現地に臨んで調査にあたると共に技術員西野政志等をして調査を実施せしめたこと……が認められるのであつて云々」と判示し上告人の主張を排斥せられた。
(4) 然しながら証人西野政志の第二審に於ける証言にも「昭和二十三年の九月頃選定係長前田から調査を命ぜられ前に長谷川技官が概略調査の後を引継いで調査に当り第二回目は室北技官と一緒に調査し指導監督は前田係長から受けた」旨供述し現地主任者が原判決認定の技官弓田晃であつたことの何等の陳述が為されていない。原審採用の乙第三号証の一乃至三と証人神谷如意、証人大島小謹吾の各証言等を綜合すれば現地調査の主任者は西野政志であり、開拓委員会に於ける報告質疑応答一切の任に当つたのも同人であること極めて明瞭で同人が本件土地の調査主任であつたことは以上の証拠に照し疑の余地なしと信ずる。更に本件の主要争点である調査主任者の資格問題につき被上告人は主任者は有資格者である弓田晃であると主張しながら同人の証言を求むることなく経過した事実からしても被上告人の右の主張が虚構のものであることを推認するに難くない。
(5) これを要するに本件買収に際し被上告人は選定基準に定むる資格としての学識経験に欠けた前記西野政志の調査を基礎として為された点に瑕疵あるばかりでなく選定基準第一の一及び三には「市町村農地委員会は現に未墾地買収計画が進行中のものについても此の基準を考慮に入れるものとし現に買収計画について異議申立或は訴願中のもので内容が開拓不適地であるとするもの」については主要な基準として之を適用すべきことを示している。
而して本件訴願は右選定基準通達の昭和二十四年一月十八日当時は被上告人に於て審議中(裁決は同年六月二十五日)であつたから選定基準の指示するところに従つて再調査の上買収すべきか否かを決定すべきであつたに拘らずその措置を執らなかつた点に於て不当である。ところが原審判決は前掲各証拠を検討することなく漫然調査主任を弓田晃と認定して上告人等の主張を排斥したのは公正を期すべき証拠採用の法則を誤つた違法があると信ずる。
三、伐期の延期に関する措置について。
(1) 原審判決は「第一審原告等は未利用径級の造林であることを主張するけれども斯る造林地に対する買収計画は何等違法ではなくただ選定基準第九の備考(二)により遠からず利用径級に達すると認められるものについてはその地区の開拓計画に重大な支障をきたさない限り伐採を可及的に延期する措置をすれば足りるのであつて本件においてもこの措置のとられたことは第一審原告等の自認するところである」と判示せられている。
(2) けれども一件記録を通じ第一審原告たる上告人等が本件地上の樹木につき被上告人が未利用径級の造林地として選定基準第九の備考(二)により所謂伐期の延長の措置を講じた事実の主張及び証拠は何等存在しない。
ただ訴願裁決に於て被上告人が「四級傾斜地内の植栽齢十年以上の人工造林については利用径級に達するまで伐採延期を認める」措置の執られたことは原審に於て主張したが(原判決二枚目裏)右に所謂四級傾斜地とは原判決目録記載第二(二)の土地のみであつて該地上の樹木については前記伐期を延長する措置が執られているが残余の幼齢人工造林地については何等の保護の対策が講ぜられていないことは一件記録に徴し明である。原審判決は被上告人の右措置を曲解し本件土地の全地域に存在する人工造林に及ぼしたものと認定したのは証拠に基かずして事実を認定した違法があること多言を要しないところである。
以上要するに原審判決は法令の解釈並に公正なるべき採証の法則を誤つた違法あるものとして破毀せらるべきであると信ずる。 以上
第一審判決の主文および事実
一、主 文
被告が昭和二十四年六月二十五日附で別紙目録記載第二の(一)(原告広幸所有)及び第二の(二)(原告広政所有)の各土地について原告広幸、同広政両名のなした訴願を棄却した裁決はこれを取消す。
訴外北海道農地委員会が同年一月二十二日前項の土地についてたてた買収計画はこれを取消す。
原告広光の請求及び原告広幸のその余の請求は棄却する。
訴訟費用はこれを二分し、その一を原告広光、同広幸の連帯負担とし、その余を被告の負担とする。
二、事 実
原告三名訴訟代理人は、「被告が昭和二十四年六月五日附で別紙目録記載の各土地についてなした原告等の訴願を棄却した裁決はこれを取消す、訴外北海道農地委員会が同年一月二十二日右土地についてたてた買収計画はこれを取消す、訴訟費用は被告の負担とする。」
旨の判決を求め、その請求の原因として、
別紙目録記載第一の(一)の各土地は原告稲川広光、同第一の(二)及び第二の(一)の各土地は原告稲川広幸、同第二の(二)の土地は原告稲川広政の各所有地であるが、訴外北海道農地委員会は昭和二十四年一月二十二日右の各土地について自作農創設特別措置法第三十条による買収計画をたてた然し右買収計画は以下の理由によつて違法である。
第一、
(一) 原告広光所有の別紙目録記載第一の(一)の(イ)、(ロ)、(ハ)は湿地帯であつて農耕不適地であり、同(一)の(二)の一部川添の地域は砂礫地且つ湿地帯であつて農耕不適地であり、その他の部分はいずれも十三年生以上の杉及びから松の幼齢造林地である。
(二) 原告広幸所有の別紙目録記載第一の(二)は十二年生のから松の幼齢造林地であり、同第二の(一)は十四年乃至十七年生の杉及び十六、七年生のから松の人工造林地であるばかりでなく同地は表土稀薄の礫土である。
(三) 原告広政所有の別紙目録記載第二の(二)の山林中約八割は傾斜十五度以上の所謂四級傾斜地に該当する土地であつて農耕に適しないばかりでなく、十四年生程度のから松及び十八年生乃至三十二年生の杉が密生し遠からず坑木用としての利用径級に達するものである。
(四) 而して右に述べた造林地の部分はいずれも土地の自然条件及び道南地方特有の良好な気象条件に恵まれて林木の生育良好であり、その林相は他に稀なものであつて、地方的特殊優良林と認むべきものである。すなわち同年一月十八日附農林次官通達「開拓適地選定の基準に関する件」(以下「選定基準」と称する)第九項によれば、天然林人工林の如何を問わず他に稀な林相や品種であるために特別の価値を持つ優良林若しくは利用上他にかけがえのない優良林は特殊優良樹林として、国民経済的観点から特に存置を要すると認められるものについては開拓適地に選んではならない旨が示されており、更にその「註二一」に国民経済的観点とは地方的な特殊優良林であつても、これを存置することが国民経済的に必要である場合を含むものであると定められるのであるが、原告等所有の前記造林地はいずれも前記のように北海道地方において他に稀な林相を有し右通達に所謂特殊優良樹林に該当するものであつて、且つ未だ利用径級に達していない幼齢樹林であるからこれらを存置することは国民経済的観点から必要なものと認むべきものである。
第二、本件山林はいずれも治山治水上欠くことのできないものである。就中別紙目録記載第二の(一)及び(二)の山林は大野川、斉川の上流に位し、右河川は渡島平野の穀倉と称される大野村水田地帯二千町歩をうるおしているのであるが、戦時中その流域の樹木が濫伐された結果屡々河川の泥濫と濁水の被害を受けており、更に右山林が買収されるならば一層その被害が甚大となることは明かである。従つて大野村においては右山林を「備えの林」「村育ての林」としてその存置を熱望している実情である。このように水源涵養のために欠くことができず治山治水上重要な本件山林を開拓することは適当でないばかりでなく、更に前記のように本件山林はいずれも地方的特殊優良林と認むべきことから綜合的に考えてみてもこれを開拓して農地とするよりは林地として存置することが国民経済的に利用価値が大きく必要なものである。
第三、本件買収計画は以下の点においても前記農林次官通達の「選定基準」にしたがわない違法がある。
(一) 右基準第二都道府県又は都道府県農地委員会が開拓適地の選定を行う場合の手続の(二)調査の実施の項において、土地の性質に関する調査に際しては技術員は検土杖と傾斜測定器とを用うべき旨が示されているのに、本件山林の調査選定技官は右器具を使用することなく極めて杜撰な調査をなし、これを基礎にして本件買収計画がたてられたものであつて、開拓適地の選定に当つて甚だ慎重さを欠くものである。
(二) 更に同項には現地調査の際の主任者は訓練された技術者であつて、専門学校若しくは大学で農業もしくは林業の学科を専攻したもの又は農林関係の実業学校を卒業後三年以上農林技術の実務の経験あるものでなければならないと定められているのにかかわらず、本件山林の調査主任である地方技官西野政志は法政大学附属の工業学校土木科を卒業後軍務に服し、昭和二十年十一月北海道庁に奉職して同二十一年以降同二十四年まで北海道庁未墾地買収適地調査係として勤務していたものであつて、こうした右「選定基準」に示された資格を持たない者の調査報告を基礎としてたてられた本件買収計画は違法である。
而して右「選定基準」第一には、この基準はその土地を開拓することが技術的に適当であるかどうかを審議する際の主要な基本となるものであるから今後都道府県、都道府県開拓委員会同適地調査部及び未墾地買収予定地審査会が開拓適否に関し調査審議決定を行う場合及び関係技術員が適地調査を行う場合にはすべてこの基準によらなければならない。なおこの基準は左の場合についてもその開拓が技術的に適当であるかどうかを審議する際の主要な基本となるとして、その(三)項に、現に買収計画につき異議申立中或いは訴願中のもので、その内容が開拓不適地であるとするもの、と規定されている。その趣旨とするところは未墾地買収計画のたてられた時期が右「選定基準」の通達の前であると後であるとを問わず、その後に異議申立或いは訴願がなされてその手続が完了していないすべての場合に右基準の適用がある旨を示したものであり、従つて本件買収計画がたてられたのは右基準通達の後である昭和二十四年一月二十二日であるけれども、その調査は右基準通達前の「未墾地選定要領」に基いてなされたものであるから、これに対する原告等の異議申立或いは訴願に対する審査に当つても右「選定基準」の適用があり、前記二点において、これに従わないでなされた調査に基くものである以上、この基準によつて再調査をなすべきであつたのにかかわらず、これをなさなかつたものである。
以上のようにいずれの点からしても、本件買収計画は違法であるから原告等は法定の期間内に、訴外北海道農地委員会に対して異議の申立をしたが、昭和二十四年三月八日棄却されたので、更に法定期間内に被告に訴願したけれどもこれ亦同年六月二十五日附裁決書で棄却され、同年八月五日その謄本の送付を受けた。然しながら前記のように本件買収はいずれの点からしても違法であつて取消さるべきものであり、従つて原告等の訴願を棄却した被告の裁決も亦違法であるから両者の取消を求めるため本訴請求に及んだと述べ、
被告の答弁に対し、別紙目録記載第二の(二)の原告広政所有の土地中、前記傾斜十五度以上の部分に対する買収計画が、自作農創設特別措置法第三十条第一項第七号及び「選定基準」第十四附帯地の項にもとづき附帯地としてたてられたものであるとしても、右地上には前記のように十八年生以上の杉及十二年生のから松が密生する造林地で地方的特殊優良林と認むべきであるのにこれを伐採して入植者の自家用薪炭備林その他用途に供することは国民経済的観点からみて不当である。被告は訴願に対する裁決の理由において、「国土及び天然資源の高度利用の見地から比較的良好な成績を収めている訴願人の造林地に対し、四級傾斜地内の植栽齢十年以上の人工造林については、利用径級に達するまで伐採延期を認める」とし更に「訴願裁決書で示した人工植林の利用径級の解釈について」と題する昭和二十五年四月十九日附原告広光宛の書面で利用径級に達する年限を、から松は植栽後二十年、杉は同三十年と定めており、従つて右期限に達するまでは伐採を延期して現況のまゝ存置し得ることとなるのであるが、今日同地を買収しても直ちに開拓することができない以上、むしろ地上林木の伐採後必要に応じて買収すべきであつて、遠い将来に備えて今日買収計画をたてることは不当であると述べた(立証省略)。
被告訴訟代理人は原告等の請求を棄却する、訴訟費用は原告等の負担とするとの判決を求め答弁として、原告等主張の事実中、訴外北海道農地委員会が原告等主張の日時に本件各土地について買収計画をたて、これに対し原告等が法定の期間内に異議の申立をしたが棄却されたので更に法定期間内に被告に訴願したけれどもこれ亦棄却され、その主張の日時裁決書謄本の送付を受けたこと別紙目録記載第一の(一)の原告広光所有地内に排水溝程度の小川があるため砂礫の混入した第二層土が流水に洗われて部分的に砂礫が露出していることと約一反五畝歩の湿地帯があること、同第二の(二)の原告広政所有地の内約八割が四級傾斜地に該当し、農耕不適地であること及び本件各土地中原告等主張の部分がそれぞれその主張のような杉、から松の造林地であつて、その生育が良好であることはいずれも認めるが、その余の事実は全部否認する。本件買収計画はいずれも左の理由によつて適法である。
第一、農耕不適地であるとの主張について、
別紙目録記載第一の(一)の原告広光所有の各土地中原告が農耕不適地であると主張する部分を前記「選定基準」第八、土の性質によつて分類すれば、(イ)土性は全地一級土性の壤土であり、(ロ)礫は部分的に僅少の礫を含んでおり一級礫土とするには稍々適正を欠くので一応二級礫土に該当し、従つて最も優良林農耕適地であつて、部分的に砂礫が露出していることはあつてもその部分は僅少であるから除礫しないで農耕地に利用できるのである。又一反五畝歩の湿地帯は排水溝の堀さくによつて最も肥沃な農耕地となるものである。
別紙目録記載第二の(一)の原告広幸所有地を右「選定基準」第八、土の性質によつて等級別に分類すれば、
(イ) 土層の厚さ 全地一級
(ロ) 全地一級の壤土及び植壤土
(ハ) 礫 全地一級
であつて、いずれの点からみても同地は肥沃な農耕適地であり、土地の自然条件及び道南地方特有の良好な気象条件に恵まれて土性が豊穰であつて、林地として存置するよりもこれを開拓して直接農業生産に振り向けることが国民経済的にみて有利であり国土の高度利用となることは何人も首肯し得るところである。
別紙目録記載第二の(二)原告広政所有地を同じく右「選定基準」第八、土の性質によつて分類すれば、土層の厚さ、土性、礫の三要素はいずれも一級に該当し、その傾斜度は、
(イ) 一級傾斜地 なし
(ロ) 二級傾斜地 約三反八畝歩
(ハ) 三級傾斜地 約二町歩
(ニ) 四級傾斜地 約八町六反歩
であつて、その約八割までが農耕不適地となるのであるが、同地は自作農創設特別措置法第三十条第一項第七号の規定及び「選定基準」第十四附帯地の項にもとづき附帯地として買収計画をたてたのであつて、本件土地を含む大野村字向野、同文月地区買収地全般の土地利用区分から観察して妥当な措置であり、人工造林地であつても何等不当ではない。すなわち入植者の営農上必要な附帯地として山林を利用する場合には単に農用林や薪炭備林のみに育成利用させるわけではなく、その下草を刈り落葉を拾つて飼料や堆肥原料に利用し、家畜の放牧、葺の栽培等狭い土地を立体的に最も高度に利用するものであるから、林木の育成という原始的土地利用に比して著るしい懸隔があるばかりでなく、本件土地の所在する大野村の果樹栽培状況に照らし土性及び気象条件がぶどう、梨等の栽培適地であるから、十五度以上の四級傾斜地であつても果樹園として、適確に経費できるのであつて、原告等が所有しているよりも土地利用の高度化がはかられることは明かである。北海道においては開拓地区内において附帯地となるべき面積は農耕適地の五割を標準とし、当該地方の標準的農業経営を勘案して適宜地区ごとに定めることにしているのであるが、本件土地を含む大野村字向野、同文月地区においては入植者個々に配分する土地の内農耕適地に対し附帯地は約一割二分であつて、極めて僅少な面積に制限しているのは農耕地に転換できない造林地の所有者に可及的影響を与えないように配慮したためである。更に被告は原告等の訴願に対する裁決をなすに当り、こうした附帯地となるべき土地に利用径級に近い人工造林があるときは、土地配分計画や入植計画に相当不便のあることを忍んでなるべく一定の期間その伐採延期を認め、立木所有者の労苦に酬いると共に他方天然資源の高度利用をはかることに留意して、前記十五度以上の四級傾斜地に生育する植栽齢十年以上の人工造林については利用径級に達するまでその伐採延期を認めることとし、昭和二十五年四月十九日附書面で右人工造林の利用径級について、から松は植栽後二十年、杉は植栽後三十年と定めて通知したのである。このことは前記のように林間放牧、採草等の自作農創設の目的の一部を果しつつ林木の育成を認めようとするものであつて、農林両政策を勘案した行政処分ということができるのである。
第二、特殊優良林であるとの主張について、
本件各土地が原告等主張のように「選定基準」第九項に規定された特殊優良林の林分を含む土地として、国民経済的観点から特に存置の必要あるものとは、認められない。原告等主張の本件各土地に林相の良好な造林地が存在することは前記のように認めるところであるが、そのために訴外北海道農地委員会は北海道開拓委員会適地選定部会と協議のうえ、北海道農地委員、森林関係代表者及び北大教授を含む学識経験を有する開拓委員九名の現地調査班を編成し、北海道開拓部の責任ある職員もこれに加つて昭和二十三年十二月九日厳密な現地調査を行つたところ、土地の自然条件、気象条件、交通条件等から観察して北海道に稀に見る肥沃な開拓適地であることが判明し、これを林地として存置するよりも開拓して直接農業生産に供することが国民経済的にみて一層有利であり、日本経済の復興に資する所以であることに特別調査班の意見が一致したのでこれを基礎として、買収計画をたてたのであり、更に原告等のなした異議申立に対する決定の際も前記「選定基準」に照して審議した結果、本件各土地の造林は特殊優良林と認めることはできないと決定したのであつて、被告も亦これを正当と認め原告等の訴願を棄却した次第である。
第三、治山治水の関係について、
本件山林中農耕適地部分を開墾しても治山治水上何等障碍となることはない。就中本件山林中別紙目録記載第二の各土地から水分が文月川に注ぐものは一割(約三町五反歩)の面積にすぎず、他は西南方の沢から字村内方面に流下しているので大野川は勿論文月川の水分経済には地形的にも何等影響はないのである。
第四、適地調査の実施について、
本件各土地が開拓適地であるか否かの適地調査を実施したのは、昭和二十三年十月六日から同年十二月十八日までの間であり、訴外北海道農地委員会が本件買収計画を決議したのは同年十二月二十四日であるからその後に定められた「選定基準」は原則としてこれに適用されないものである。右基準第一の(三)項「現に異議申立中又は訴願中のもので、その内容が開拓不適地であるとするもの」もその開拓が技術的に適当であるかどうかについて、右基準を基本として判定するよう定めているのも、主として基準第六気温と標高、第七用水、第八土の性質等の各項に照して開拓適否を審議せよという趣旨であつて、原告主張のように右基準制定後開拓不適地であることを理由とする異議申立及び訴願の審査に当り、更に基準の定めるところに従つて再調査を実施のうえ買収の可否を決定せよという趣旨ではないのである。更に本件買収計画をたてるに当り、
(一) 「選定基準」第二の(二)調査の実施の項に技術員は検土杖(検土杖がないときは穿孔する)と傾斜測定器とを用うべき旨訓示的に規定されているのであるが、本件各土地の選査に当つた技官は「選定基準」の施行される以前であるけれども、検土杖を用い且つ検土杖によつて徹底を欠くところは随所に穿孔して土層断面を仔細に検討し、「トラシスト」を用いて選定上必要な傾斜を測定しているのであり、又本件各土地を含む大野村の土壤については、昭和十九、二十年の両年にわたり北海道農業試験場の専門技術職員が調査を実施しており、同二十二年一月一日発行北農第十四巻第一号によつても土壤の性状は明瞭であつて、選定調査員はこうした広汎な資料と細密な調査にもとづいて開拓適否の判断に必要な詳細な報告書を作成提出しているのである。
(二) 本件土地の適地調査に当つた地方技官西野政志が原告等主張のように右基準に示された調査主任者としての資格を備えていなかつたとしても前記の理由によつて本件開拓適地選定手続が違法であるとは云えないばかりでなく、当時右西野政志は現地調査の主任者に指定されていたものではなく、当時は土地調査課選定係長地方技官弓田晃(北海道大学農学部卒業)が選定主任者として右西野政志を指揮し、自ら現地に臨んでその実態を把握し、右西野の作成した選定報告書を技術的に検討してその正確性を認め北海道開拓委員会(当時の土地部会)の議に供したものであるから、当時においても既に「選定基準」に定められた原告等主張の要件を備えていたものである。
(三) 而も本件土地については買収計画をたてる前、昭和二十三年十二月九日及び十日の両日北海道開拓委員である大島小僅吾(森林代表)田町以信男(北大教授)居守勘太郎(当麻村篤農家)、上原徴三郎(北大名誉教授)の四名及び北海道農地委員である市川市太郎(中立委員)外四名と北海道開拓部用地課長市川忠次(北大農学部卒)等斯界の権威者が現地調査を実施し、北海道においては最も優良な開拓適地であることを確認しているのであつて、同年十二月二十四日訴外北海道農地委員会はこうした手続を経たうえで本件土地について買収計画をたてる旨を決議し、同二十四年三月八日原告等の異議申立に対する審査も「選定基準」を基本としてなされ、又被告が原告等の訴願を裁決するに当つても右基準を基本として審査し、開拓林務両部の関係職員の合議の結果棄却の裁決をしている次第であるから手続関係においても少しも不当不法の点はなく、「選定基準」の定める要件に従つて再調査をなすべきであるとの原告等の主張は失当である。
以上のように本件各土地の買収計画には何等違法の点はなく、従つて亦原告等の訴願を棄却した被告の裁決も適法であると述べた(立証省略)。
第二審判決の主文、事実および理由
一、主 文
原判決を左のとおり変更する。
第一審原告等の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも第一審原告等の負担とする。
二、事 実
第一審原告稲川広光、同稲川広幸の訴訟代理人は原判決中第一審原告稲川広光、同稲川広幸敗訴の部分を取消す。第一審被告が昭和二十四年六月二十五日附で別紙目録記載の第一の(一)及び(二)の各土地についてなした第一審原告稲川広光、同稲川広幸の訴願を棄却した裁決はこれを取消す、北海道農地委員会が昭和二十四年一月二十二日前項の土地について定めた買収計画はこれを取消す、訴訟費用は第一、二審とも第一審被告の負担とするとの判決を求め第一審原告稲川広幸、同稲川広政の訴訟代理人は第一審被告の控訴を棄却するとの判決を求め第一審被告訴訟代理人は、原判決中第一審被告敗訴の部分を取消す、第一審原告稲川広幸、同稲川広政の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも第一審原告稲川広幸、同稲川広政の負担とするとの判決並びに第一審原告稲川広光、同稲川広幸の控訴を棄却するとの判決を求めた。当事者双方の事実上の陳述は、当審において双方の訴訟代理人がそれぞれ左記のとおり附加陳述したほかは原判決の事実摘示と同一であるからこれを引用する。
第一審原告等訴訟代理人の附加陳述の要旨。
第一、別紙目録記載第一の(一)及び(二)の土地(以下向野地区と略称)について。
(1) から松の利用径級について。
右土地の中同目録第一の(一)中(ホ)乃至(リ)及び(ニ)は十二年生以上のから松の幼齢造林地であり、しかもその生育良好であることは当事者間に争がなく、同地方の他のから松に比べて生育優良であることは原判決(十五枚目表九行目以下)において認定せられているとおりである。而して第一審被告は本件訴願裁決書において「四級傾斜地内の植栽齢十年以上の人工造林については利用径級に達するまで伐採延期を認める」とし、さらにその利用径級に達する年限を「から松は植栽後二十年、杉は同三十年」と定めその理由は「国土及び天然資源の高度利用の見地」からかゝる措置を講ずる旨を明示している(昭和二十五年四月十九日附北海道知事より第一審原告稲川広光宛通達)右訴願裁決書並びに通達の趣旨からすれば、国土及び天然資源の高度利用の見地から人工造林地は独り四級地に限らず、生育量極めて旺盛であり遠からず利用径級に達する前記地域生立のから松幼齢林も等しく伐期に達するを待つて、然る後に買収計画をたて、もつて立木所有者の労苦に酬いるとともに、他方天然資源の高度利用を図るを至当とする。
(2) 地方的特殊優良林について。
向野地区におけるから松の植林は同地方の他の森林に比べてその成長量極めて旺盛であつて、未だ成長途上にある優良人工林であることは原判決認定のとおりであるが、原判決は「から松は北海道において道南地方にのみ成育し得る樹種ではない」から、所謂「選定基準」第九記載の地方的特殊優良林とは認め難いと判示せられている。しかしながら、右「選定基準」第九(1)は「ここにいう特殊優良樹林とは天然林人工林の如何をとわず他に稀な林相や品種であるか……優良林を指す」として特殊優良樹林としての要件を示しているのであるが「他に稀な林相」とは本件から松の植林地の如く、同地方の他の森林に比べてその成長量旺盛であり且つ林相良好な人工林を指すものと解せらるるから、本件向野地区もまた国民経済的観点から地方的特殊優良林として存置すべきである。
(3) 治山治水について。
向野地区は、原判決によれば、他の地区すなわち別紙目録第二の(一)及び(二)(以下文月地区と略称)に比べて、文月川流域より距ること遠く、従つて流水調節作用も少く、土地保全上の効用もさほど大きいものとは認め難い旨判示せられている。しかしながら文月地区の山林が文月川の上流にあつて水源涵養上重要な存在意義があると同様、向野地区の山林もまたガビノ川の流域に近く、南大野村水田百三十町余の用水を供給する該河川の氾濫と渇水の危険を防ぐに重要な役割を果しているばかりでなくさらに文月川、ガビノ川はともに大野村水田地帯二千町歩余をうるおす大野川にそそいでおり、これらの河川を大野村民は「恵みの川」と称してきたのである。ところが戦時中その流域の樹木が濫伐された結果、屡々河川の氾濫と渇水の被害を受け、爾来村民は「魔の川」として恐れその復旧対策に腐心している実情で、さらに本件山林が買収されて伐採されるならば、一層その被害が甚大となることは明かである。このような水源涵養のために欠くことができず治山治水上重要な本件山林を開拓することは不当である。
第二、現地調査主任の資格について。
本件文月及び向野地区の現地調査主任は地方技官西野政志であり、同人は「選定基準」に示された資格をもたない者であつてかゝる無資格者の調査報告を基礎としてたてられた本件買収計画は違法であるとの第一審原告等の主張に対し第一審被告は当時は土地調査課選定係長地方技官弓田晃(北海道大学農学部卒業)が選定主任者と定められ、右西野技官を指揮し、自ら現地に臨んで実態を把握して処置したものであるから「選定基準」の定むる要件に欠くるところはないと抗弁している。しかしながら、仮りに右弓田晃が「選定基準」に定むる資格要件を備えた選定主任者であつたとすれば当然同人の作成した報告書を根拠とすべきであるに拘らず、資格のない西野政志の作成にかゝる報告書を本件開拓適地選定の基礎となしたことは、要するに、現地調査の際の主任は西野政志であり、その報告書を単に「技術的に検討」したのが弓田晃にすぎないことが、第一審被告の主張自体に徴し明瞭である。したがつて「選定基準」に示された資格のない者の調査報告を基礎としてたてられた文月、向野両地区の買収計画は違法としてこれを取消し、改めて慎重調査の上買収すべきか否かを決すべきである。
以上いずれの理由によるも、本件買収は違法であるから、その取消を求むる。
第一審被告訴訟代理人の附加陳述の要旨。
一、未墾地自作農創設事業について。
(1) 終戦によつて狭小な国土に多数の人口を収容し、経済自立を図ることを余儀なくされたわが国において、国土の合理的な高度利用を図ることが強く要請されるに至つた。特に国民の多数を占める農業においては、(一)海外引揚者や戦災疎開者のうち自作農として農業に精進しようとする希望と能力を有する者に、土地を与えて自作農を創設し、民生の安定を図ること、(二)農家の二男三男のうち、新たな土地で自作農を営む希望者に土地を与えること、(三)日本農業多年の懸案でもあり欠陥でもある零細寡少農家に、増反用地を与えて農業経営を合理化させ、農家の安定を図ること、かくして農村における人口収容力の安定的増大を期し、農業の生産力を高め、日本経済の復興に寄与するという目標の下に、自作農創設特別措置法第一条の目的に照応しつつ、同法第三十条の規定による未墾地買収が推進されるに至つたのである。
(2) わが国土の地理的条件下においては、農業生産に利用することのできる土地は、山林原野の広大な面積に比べ、実に限られた微量にすぎない。この限られた微量の土地については、凡ゆる障害を排除して自作農創設の目的に供されるのであるが、開拓用地に適するか否かは専門的な観点から審査を必要とするので同法施行規則第十四条の規定に基づき開拓審議会に諮問して土地の買収計画を定めることとされ、どの土地を開拓適地として買収するかについては、同法第三十条と同法施行規則第十四条に依拠して判断処分されるのであるが、これを市町村農地委員会の自由な判断に任せておくことは、技術的考慮に慎重を欠く傾向があつたことと、都道府県農地委員会の場合においても、土地利用上の綜合判断の基礎を明かにするため、昭和二十四年一月十八日附二四開第六三号農林次官通達を以て「開拓適地選定の基準に関する件」(以下「選定基準」と略称)が訓令された。
(3) 開拓適地選定に当つては(一)農業を営むことができないような土地で、林業のみに充てるようないわゆる絶対的林地であるか、(二)農業にも利用できるが、現に林業に利用しているいわゆる相対的な林地であるかが考慮され、「選定基準」第八の土の性質の条項に抵触するものは、開墾すべからざる土地として前者に入り、そうでないものは開拓適地と判定され、その自然的社会的条件によつてやがて開墾されることがある土地である。換言すれば「選定基準」第八土の性質の項による一級、二級、三級の土地で「選定基準」の他の条件が満足されるならば仮りにその土地の立木のぎせいを計算に入れても、なお且つこれを農業にふりむけた方が、国民経済的観点から言つて土地利用高度化の道を開くことになるのである。しかしながら、これが公式的に取扱われると、そのぎせいが農地の造成、自作農の創設、増反による既存農家の安定等、開拓による効果を相殺し、特殊の価値ある資源を失つたり、他の産業に重大な圧迫や悪影響を与えたり学術振興上にも多大の不利を招来する虞がある場合もあるので相対的林地のうち「選定基準」第九項第十項のような林地については、利害に左右されない純粋の審議機関である開拓審議会適地調査部会が科学的特別調査を行つて、最小限度のものは、林業振興上国土保全上留保するよう配慮されているのである。
(4) 本件の土地のような優良な開拓適地は北海道には残つていなかつたので、五十数戸の樺太引揚農家は、本件土地を含む大野村向野文月地区内において、自作農として更生すべく、土地の解放を熱願していたため、多年にわたつて本件の土地と同一条件下にあつた徳川農場はじめ、封建的土地所有の形態が打破され本件土地を含め五百五十町歩にわたる山林が買収されるに至つたもので、本件土地は自作農を創設するために絶対必要な土地であつたにも拘らず原審においては未墾地自作農創設の真義を曲解し、なお且つ次項以下に述べるように事実認定を誤つて、第一審被告の訴願裁決及び北海道農地委員会の買収計画を違法としてしまつたのである。
二、本件の山林の治山治水及び水源涵養林としての価値について。
(1) 同法第四十条同法施行令第二十八条の規定によれば「同法第三十条の規定によつて買収する土地が、森林法、砂防法、河川法等の規定による保安林または開墾制限地帯であつても、これらの法令で制限禁止をしている条項は適用しない」とされており、他の法令で土地保全を要すると認めている地帯でも、措置法の規定による買収や開発のできることを明示しているのである。しかしながら、本道においては「選定基準」が定められる以前から、保安林として必要のないことが明かにされない限り、保安林地帯の買収をしない方針を堅持しているのである。
(2) 本件の土地を含む大野村向野文月地区の開拓地区内は、これまで土地の所有者も利害関係者も道及び村の林政当局者も、森林法第三章に規定するところにより保安林に編入しようとする措置を求めなかつた。これは畢竟するに、本件土地等が水源涵養林又は治山治水上重要な地帯であると考えられていなかつた証左ということができる。原審の判決理由中に、「当山林は文月川の流域に近くその水源涵養上重要な意義がある」としているが、水源涵養林というのは、立木地帯は無立木地帯に比較して土壤の保水力が大きいので渇水期に河川やかんがい用水の枯渇を相当防止できるという天然現象を利用し、河川の上流地帯中流地帯の集水区域(傾斜の方向から水分がその河川に流れ込む地帯)にある立木の保護を図るための保安林であるから、文月川の上流中流にある国有林を保護することによつてその目的が達成でき、本件の土地を含む文月開拓地のように、文月川の最下流地帯の林地は、土壤保全の効果はともかくとして、水源涵養林としての価値は殆んどないものといわなければならない。殊に第一審原告等が所有する別紙目録の本件土地三十四町五反四畝一歩のうち、文月川の集水区域に関係する土地は文月二百十番地の北方において約三町五反歩が該当するにすぎず、残りの三十一町歩余の水分は、俗にいう清四郎の沢から大野村字村内方面に流下し水田地帯の排水とともに大野川に注いでいるのであるから、文月川の水分経済には殆んど無関係の土地である。原審においては、この事実認定を著しく誤つているといわなければならない。
(3) 文月二〇五番地二〇六番地十町八反八畝歩のうち、傾斜十五度を超えるため「選定基準」に照らし四級地(農耕不適地)に該当し、開墾しない土地として利用する面積が約八町八反歩あることは既に原審において第一審被告の認めているところである。この傾斜地は放牧採草地または農用林地として利用させるものであるから「土地保全」には少しも影響しないのであるにも拘らず事実に相違する認定に基いて、「当山林は文月川の流域に近くその水源涵養上重要な存在意義があるばかりでなく、その傾斜地は火山灰性壤土であるから、土地保全上も重要な効用を有するものであると認定することができる」と即断してしまつたところに誤りがあるのである。
(4) 開拓用地の取得が確定すれば昭和二十四年九月三十日附二四農地第八八六号農林次官から都道府県知事宛の通達「地区開拓計画樹立の要領に関する件(以下「基本要領」と略称)」に基いて、地区開拓計画が樹てられ、河川の流域、傾斜地、高台地等については「基本要領」第八の建設工事計画を「基本要領」第八(4)の(ハ)防災林(ニ)土壤侵蝕防止工事等にわけ、具体的に策定して地区開拓計画を定め、開拓実施について農林大臣の承認を受け、建設工事、入植営農が行われるものであり、右(ハ)(ニ)の計画に基く土地は公共用地として留保され個々の入植者に配分しないで防災の効果を高めて行くのであるから、従来保安林に編入されなかつた程度の地帯ならば、この地区開拓計画によつて充分に保安と防災が期されるものといわなければならない。
三、特殊優良林について。
(1) 原審においては、「選定基準」第九林業の項にいうところの「特殊優良樹林」の本質を誤つて解釈している。すなわち「特殊優良樹林」とは、(一)その林分が他に稀な林相や品種の優良林であること、(二)その林分は特殊の工芸用途があるために特別の価値をもつ優良林であること、(三)その林分は利用上他にかけがえのない優良林であることのいずれかの要件を備えていなければならない。而して「他に稀な林相や品種」とは、森林の構成状態が他にあまり類を見ない立派なもの、またはその林分がわが国特有のもので、林業振興上、学術研究上わが国に存置する必要あるものを指しているので、第一審被告の知る限りでは、木曾の御料林(現国有林)青森のひば林、秋田の杉林等は日本の三大美林といわれているから、他に稀な林相に該当し、この森林の如きは特殊優良樹林と認めてその特定部分の存置を図るべきであると認める。なおまた京都地方の白杉、大分県目田地方の青杉、宮崎県飫肥地方のとさぐろ等は、杉の葉の色形によつて区分され、わが国特有の品種とされているから、これも特殊優良樹林と認めて、わが国林学振興上または学術研究林としてその特定部分は存置さるべきものと認める。「特殊の工芸用途」とは、例えば栃木県那須地方のあかまつは、元来松やに採取を目的として集約的に管理され、わが国で生産の少い松やにの生産地でも優れた歩止りの高い松やにを生産している事実があり、特殊の工芸用途に利用されている林分として保護さるべきものと認めるのである。つぎに「利用上他にかけがえない」とは、例えば宮崎県飫肥地方の杉は「飫肥の弁用材」と称して木造船材として全国いずれの地方の杉材にも見られない特別の価値を有しているが、このような杉こそ前記(一)(二)(三)の三要件を具備して国民経済的に高い価値を有しているからこの林分は保護せらるべきものである。特殊優良樹林とはこのように稀少性と優秀性とを条件としているものと解するのが相当である。
(2) 飜つて本件の林分が特殊優良樹林に該当するか否かを検討するに、道南地方で杉が経済林として生育しているもの約五千町歩といわれているものの中には、本件の杉以上に成長量旺盛なものがあり、また成長量や林相が本件の杉と同程度のものは頗る多いから、本道に限つて観察する場合においても、他に稀な林相と認むべきでない。さらにまた他に稀な品種であるという根拠はなくわが国として特殊の工芸用途もなく、利用上他にかけがえのない杉でもない。杉の生育地が道南地方に限つていないことは後述のとおりであるが、仮りに原判決において指摘しているように杉が道南地方に限つて生育し杉の生育する北限帯であるという意味において、学術参考林として存置しようとするならば、何も本件の土地に限つて存置する必要なく、杉林として現にある他の林地にこれを求めることが容易である。さらにまた本件の土地にしか杉の生育地がないという理由で、学術参考上存置しようとするならば、農耕不適地に生育しているものを存置することによつて、充分目的が達しられるのである。原判決が軽卒にも採用した鑑定人金森功成の鑑定書においても、「但し同通達による特殊優良樹林の説明には「稀な品種である」とか「特殊の工芸用途があるために特別の価値をもつ」とかいう字句があるが、優良の意義がその点にのみ存するものとすれば、当森林はこれに該当しているものとは認められない」と記述している点を看過していると認められるのである。
(3) 原判決理由では、「選定基準」の(註二一)に説明している「国民経済的観念とは地方的な特殊優良樹林であつてもこれを存置することが国民経済的に必要である場合を含むものである」とする事項を引用し、本件の杉を「地方的特殊優良樹林である」と断定しているが、「選定基準」第九林業の項の備考(一)に、「三級地にある地方特有の優良な人工林については一般適地調査の際慎重を期するものとする」と書いているように、仮りに本件の土地の杉が道南地方特有の優良な人工林であるとしても一級地(土の性質では最も開墾に適する土地)二級地(一級地に次ぐ開墾適地)は当然に開拓適地として選定され、三級地(一級地二級地に比較して土の性質が劣り開墾適地の中で最も条件の低いもの)のものだけが、適地調査の際慎重を期すことが要請されているにすぎないのであるが、原審に於てはこのことも看過している。本件の林地は既に陳述したように、「特殊優良樹林」の要件には全く適合していないから、「地方的特殊優良樹林である」とする根拠がないわけである。国家的には重要な価値ある林分、すなわち特殊優良樹林とは認めることができないがある地方では生育良好であるから残しておきたいという程度のものは、地方的特殊優良樹林に該当させるべきでなく、「選定基準」第九の備考(一)によつて措置すれば足りるのである。
(4) 特殊優良樹林に該当する林分のうち、要件(二)(三)のような特殊の工芸用途や利用上他にかけがえのないもの等は、その林分に限つて殆んど存置せらるべきものと思われるが、(一)の他に稀な林相や品種に該当する林分の場合においては、限られた一部分の林地を存置すれば足りるものと解すべきである。
(5) 原判決にいうところの「未だ利用径級に達しておらず成長の途上にある」とか、「治山治水上重要な存在意義を有する」というようなことは、特殊優良樹林としての要件に該当しないのである。
(6) 原判決理由においては、本件の土地のから松も含めて「地方的特殊優良樹林」であると認定しているが、文月二〇五番地二〇六番地に植栽されてある十三年以上のから松六町歩余は、活着も管理も生育も極度に悪く、同地方の他のから松に比し、生育最も不良と断定して差支えない。なお文月二〇九番地に植栽されてあるから松十八年生以上三町三反歩余の林分は生育良好と認められるが平担で地味肥沃な開墾適地であるから、前述のように治山治水にも水源涵養等にも無関係で既に抗木として充分利用できる状態に達しており、昭和二十六年四月以降において、第一審原告はこの部分のから松を相当伐採している事実があるから、原判決理由にある「から松が十二年乃至十四年生であつて未だ利用径級に達しておらず」と認定していることも、著しく事実と相違しているものである。
(7) 原審判決理由においては、「当造林地の主要部分は北海道において道南地方においてのみ生育しうる杉である」としているがこれは事実に目を蔽つたものというべきである。杉は独り道南地方に限つて生育しているものでなく、たとえば札幌市円山公園には優良な杉林があり、日高地方(静内町門別村等)においても杉は立派に生育している事実を知らなければならない。只道南以外の地においては、杉の活着割合も低く、経済林としてはむしろ他の針葉樹が有利であるために、杉は植栽されていないのである。
四、第一審原告等の主張の矛盾と本件訴願裁決の適法性について。
(1) 第一審原告等が本件の林分を「選定基準」第九林業の項にいう「特殊優良樹林」であり「治山治水上重要な山林である」とする限りにおいては、稲川広光が原審の本人訊問において陳述している杉の伐期五十年に達するまで撫育することに努めて、「特殊優良樹林」であることの真価を発揮するよう努力すべきであつた。しかるに昭和二十四年十二月十日(本訴提起後)北海道農地委員会告示第六十五号に基いて、同委員会が入植者の建築用材としての必要から買収計画を公告した文月二〇六番地の杉の三十四年生位のもの七百八十八石、とど松三十四年生位のもの四十石合計八百二十八石約五反歩については、第一審原告等は他人に売却したとして昭和二十五年三月初旬頃悉く伐採搬出させてしまつた事実があつた。さらにまた前述のように文月二〇九番地に成育途上の十八年生位のから松を伐採しつつあるということは第一審原告等の主張するところと著しく矛盾し、所有者である第一審原告等の経済的都合によつて何時でも伐採され、その存置した目的を達することができないという事態に逢着せざるをえないのである。
(2) 本件の土地を含む大野村字文月向野地区約五百五十町歩を開拓適地として買収すべきか否かついて、昭和二十三年十二月九日及び十日の両日、北海道開拓委員の学識経験者四名、北海道農地委員四名、道開拓部の用地課長等斯界の権成者が詳細現地調査を実施して、開拓適地として買収することを定めたものであり、第一審原告等の訴願裁決に当つても、農林省内において「開拓適地選定基準」作成の衝に当つた林野庁宮下技官、園井技官、開拓局佐々木技官を交え道林務部長、開拓部長その他林務開拓両部の責任ある職員が加わつて慎重審議し、特殊優良樹林でもなく治山治水上の悪影響もないことにつき完全に意見の一致を見て、第一審被告は訴願の裁決を行つたものであるから、同法や「選定基準」に違反するような違法の生ずる余地はないのである。
(3) これを要するに、原審においては、同法の所期する目的とその解釈を誤り、次官通達の意図するところを的確に把握して、林業開拓両部門の行政の最高機関相互において慎重協議の上意見の一致を見て処分されたこと、及びその担当する職務上の責任において宣誓の上陳述している佐々木即証人の証言を否定する等事実誤認、採証の法則を著しく誤つているものといわざるをえないと述べた(証拠省略)。
三、理 由
別紙目録記載第一の(一)の各土地が第一審原告稲川広光、同第一の(二)及び第二の(一)の各土地が第一審原告稲川広幸、同第二の(二)の土地が第一審原告稲川広政の所有に属していたこと、北海道農地委員会が昭和二十四年一月二十二日右の各土地について自作農創設特別措置法第三十条による買収計画を定めたこと、第一審原告等が法定の期間内に北海道農地委員会に対して右買収計画につき異議の申立をなし同委員会が昭和二十四年三月八日異議申立却下の決定をなしたこと、第一審原告等が法定の期間内に異議申立却下決定を不服として第一審被告に対して訴願を提起したところ、第一審被告が昭和二十四年六月二十五日訴願棄却の裁決をなしたことは本件当事者間に争のないところである。
よつて北海道農地委員会が昭和二十四年一月二十二日なした前記農地買収計画が違法であるかどうかの点を判断する。
第一審原告等訴訟代理人は別紙目録記載第一の(一)の(イ)(ロ)(ハ)(ニ)、同第二の(一)(二)の各土地が農耕不適地であると主張するけれども、成立に争のない乙第三号証の一乃至四、第五号証、第七、八号証に原審に於ける証人西野政志の証言、鑑定人瀬尾春雄の鑑定の結果、原審及び当審に於ける各検証の結果を綜合すれば、右第一の(一)の(イ)(ロ)(ハ)(ニ)の土地は土性、土層関係がいずれも昭和二十四年一月十八日附二四開第六三号「開拓適地選定基準に関する件」(以下「選定基準」と略称)第八にいわゆる一級地に該当する農耕適地と認められるので、その一部に湿地帯や砂礫地があつても排水や除礫によつて生産性の高い農耕地となるものと認められるし、右第二の(一)の土地も表土は腐蝕に富む壤土であり下層は埴壤土となり粘土分を含んでいるので農耕適地と認められる。また右第二の(二)の山林中約八割が「選定基準」第八にいわゆる四級傾斜地で農耕不適地であることは争ないが、この部分は自作農創設特別措置法第三十条第一項第七号の規定によつて買収計画が定められたこと明かで、しかも「選定基準」第十四にいわゆる放牧採草地、自家用薪炭林、宅地等としての各要件をみたしていることは前記各証拠によつて認められる。したがつて右各土地が農耕不適地であることを理由として本件買収計画を違法なりとする第一審原告等の主張は採用できない。
次に本件地上の杉及びから松の樹林が「選定基準」第九にいわゆる特殊優良樹林に該当するかどうかの点を検討する。そもそも「選定基準」第九にいう特殊優良樹林とは天然林、人工林の如何を問わず(一)その林分が他に稀な林相や品種の優良林であるか、(二)またはその林分が特殊の工芸用途があるために特別の価値をもつ優良林であるか、(三)若しくはその林分が利用上他にかけがえのない優良林であることを要するものであつて、右(一)(二)(三)のいずれかの要件をそなえていなければ、いかに生育状況が優良であつてもこれを特殊優良樹林というわけには行かないのである。而してその林分が他に稀な林相や品種の優良林とは森林の構成状態が他にあまり類例を見ない立派なもの、またはその品種がわが国特有のもので林業上または学術研究上わが国に存置する必要あるものを指すと解すべきである。これを本件について見るに、第一審原告等主張の土地にそれぞれその主張のような杉及びから松の人工林があり、その成育が良好であることは争のないところであるが、当審における鑑定人鈴木尚夫の鑑定の結果に、原審及び当審における各検証の結果及び証人佐々木即、西野政志の原審及び当審における各証言を綜合すれば、本件地上の杉及びから松はいずれも生育に非常なむらがあり、且つ管理が不十分なために最も優良な生育状況を示している部分においてさえ、それに相応する優良な林相を示すまでにはいたつておらず、森林の構成状態は北海道内の他の樹林と比較してさえ特に優良だとはいわれないし、品種としてもわが国特有のもので林業上または学術研究上わが国に存置する必要あるものとは認められずもとより特殊の工芸用途があるために特別の価値をもつ優良林にも、利用上他にかけがえのない優良林にも属しないものと認められる。当審における鑑定人日比野宏の鑑定の結果並びに原審証人高野光彌、本野丈太郎の各証言中右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。そうとすれば本件地上の杉及びから松は「選定基準」第九にいわゆる特殊優良樹林に該当しないものというべきである。
なお第一審原告等は「地方的特殊優良林」ということを主張しているけれども、「選定基準」第九において開拓適地に選んではならないとされるものは、いわゆる特殊優良樹林に該当する林分のある土地であることを前提とし、かゝる土地でしかも国民経済的観点(註二一国民経済的観点とは地方的な特殊優良林であつても、これを存置することが国民的に必要である場合を含む)から特に存置を要すると認められるものである。すなわち本件の場合のように特殊優良樹林に該当しない林分のある土地については、右の国民経済的観点、したがつて註二一の問題を生ずる余地がない。それは「選定基準」第九の備考(一)の問題を生ずることがあり得るに過ぎない。また第一審原告等は未利用径級の造林地であることを主張しているけれども、未利用径級の造林地に対する買収計画は何等違法ではなく、ただ「選定基準」第九の備考(二)により、遠からず利用径級に達すると認められるものについては、その地区の開拓計画に重大な支障をきたさない限り、伐採を可及的に延期するよう措置すれば足りるのであつて、本件においてもこの措置のとられたことは第一審原告等の自認するところである。
すなわち特殊優良樹林であることを理由として本件買収計画を違法なりとする第一審原告等の主張もまた排斥を免れない。
さらに第一審原告等訴訟代理人は本件山林は治山治水上欠くことができない旨主張しているが、前掲各証拠を綜合すれば本件林地のうち文月川及びガビノ川に集水されると推定される面積はそれぞれ約一町九反及び約二、五町乃至三町程度であり、これ等の河川の流水量はその大部分が本件土地よりはるかに上流の集水区域から、供給されているからこのような下流に位する小面積の山林が水源涵養または流水量調節の作用に重大な役割をもつことは考えられず、本件山林の伐採は治山治水に殆んど影響なく土地保全の目的に支障がないことが認められる。当審における鑑定人日比野宏の鑑定の結果及び証人神谷如意の証言中右認定に反する部分は措信しない。したがつて本件山林が治山治水上欠くことができないという理由で本件買収計画を違法とする第一審原告等の主張も容るるに由ないものといわなければならない。
つぎに開拓適地の選定を行う手続上の瑕疵について判断するに、「選定基準」第二によれば、都道府県農地委員会が開拓適地の選定を行う場合の手続として(イ)現地調査の際の主任者は、訓練された技術者であつて、専門学校若しくは大学で農業若しくは林業の学科を専攻したもの、または農林関係の実業学校を卒業後三年以上農林技術の実務の経験あるものでなければならず、(ロ)土地の性質に関する調査に際しては、技術員は検土杖(検土杖がないときは穿孔する)と傾斜測定器とを用うるほか調査測定地点を充分に多くしてその判断の正確を期さなければならないのである。いまこれを本件についてみるに、当審証人西野政志、斎藤亀五郎、佐藤祿太郎の各証言に成立に争のない乙第三号証の一乃至七及び弁論の全趣旨を綜合すれば、本件現地調査の際の主任者は土地調査課選定係長地方技官弓田晃(北海道大学農学部卒業)であり、同人は自ら現地に臨んで調査にあたるとともに技術員たる地方技官西野政志等をして調査を実施せしめたこと並びに土地の性質に関する調査に際しては技術員たる西野政志が検土杖と傾斜測定器を用いたことが認められるのであつて、開拓適地調査報告書及び復命書が西野政志名義となつているからといつて、調査の主任者が同人であると断ずるわけにはゆかず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。そうとすれば本件開拓適地の選定手続には第一審原告等主張のような瑕疵はなく、この点に関する主張もまた理由がない。
以上説明のとおり本件農地買収計画並びに訴願棄却の裁決には第一審原告等の主張するような違法はないから、右農地買収計画並びに訴願裁決の各取消を求める本訴請求はすべて棄却せられるべきである。
よつて民事訴訟法第三百八十五条、第九十六条、第八十九条、第九十三条を適用して主文のとおり判決する。